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スケッチ随想

2016年3月/羽佐間・杉山


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水彩画が似合うイギリスの田舎町
羽佐間 英二

ロンドンから西北に200kmほど離れたところに詩情あふれるコッツウォルズ地方が広がる。
なだらかな起伏が何処までも続く丘陵を区切るように小さな村々が点在する。地図を頼りに気の向くまま古い田舎町を訪れる。 せせらぎや丘を渡る風の音に耳を傾け絵筆を取っていると世紀末にタイムスリップしたような錯覚にとらわれる。 イギリスの田園やライムストーンの質朴な家々を描くとなるとやはり水彩画が似合う気がする。風と光をさらりと取り入れ透明感あふれる大小の風物を描くにはこれはもう水彩の持ち味そのものと云える。
ハニーゴールドやグレイの石材が光線により微妙にその色調を変える建物の表情は息をのむように美しい。
都会暮らしにあっても心はいつも田舎に向けられているイギリス人の住まいに対する考え方に共感できるような気がする。彼らの田園文化の原風景ともいえるコッツウォルズはいつ訪れても心の安らぎと貴族のエレガンスを感じさせてくれるところである。

或る日方向を変えてテムズ川の中流の村にワンデイトリップをした。
ロンドンからマーローという村まで鉄道で1時間余りである。穏やかに蛇行するテムズ川に沿って起伏の連なる美しい田園風景が車窓を流れる。なだらかに広がる牧草地でのどかに草を食む牛や羊たちの群れが途切れると遠くかすむ丘の中腹に白い領主のマナーハウスや中世の美しい教会の尖塔が見え隠れする。そのどこをとっても車窓を額縁とした絵画の構図と思えてくる。やがてテムズ川が車窓の左右に大きく曲がって終着のマーローに到着する。ここはイギリスに詳しいエッセイストの林望さんの推奨する田舎町の一つである。白とレンガ色の美しいハイストリートをしばらく進むとテムズ川に架かるビクトリア時代調の白い吊橋がありその向こうに350年前に建てられた「コンプリート アングラー」という優雅なホテルが現れる。

私達夫婦は川辺に張り出したガーデンテラスでのどかなテータイムとスケッチの早描きを楽しんだ。
このマーローから一日一便だけ上流の「ヘンリー オン テムズ」という町まで船便がある。夏の風物詩ともいえるのどかなクルージングとなる。しばらくは岸の左右に品格のある館が見え隠れしハウスボートが繋留されている。つい眠くなるような昼下がりの深い静寂の中を船は進む。
ピクニックを楽しむ老夫婦、釣り糸を垂れている少年、木陰のチェアーで本を読んでいる婦人などさまざまなシーンが流れるうちに遠くに羊たちが群れている牧草地の風景に入れ替わる。あでやかな緑のじゅうたんに野ばらが咲き乱れ、小鳥たちの声の他に何もない静けさを突然破るように鱒釣りに興ずる人の笑い声がして、誘われるようにこちらも手を振ってしまう。
狭くなった川幅が再び広がると明るい洒落た雰囲気のヘンリーの町が見えてきて2時間余りの贅沢な船旅は終わった。

毎年7月上旬にロイヤルレガッタレースが催されこの町は上流社会の社交場になるという。既に賑わいの去った町はまたいつもの表情を取り戻していた。テムズ川沿いの散歩道を辿る道すがらふと立ち寄ったテラスバーで200年もの伝統ある地ビールで乾杯して私たちの小旅行はフィナーレを迎えた。

今日は流れてゆくそれこそ絵のような風景に心を奪われてスケッチをする間もなかったようである。いつの日かあのコンプリート アングラーに滞在してテムズの朝靄に煙る優美な教会の佇まいを描いてみたいと思う。

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これは8年ほど前の旅のワンカットですがこの時の思いが繋がりそうです。2017年5月にここに滞在してゆったりとテムズや行き交う船を描く旅をテーマに、私の主宰するグループのプレミアムプランを考えているところです。

川面静かに(イギリス・ヘンリー)

青空の話
杉山陽一

(日本スケッチ画会理事・副事務局長)


スケッチをしていて青空ほど美しいものはありません。
春のおぼろげな空
初夏の抜けるような五月晴れ
入道雲がもくもくと夏の空
天高く秋の空
木枯らしが電線を鳴らす冬空
湿度が低いヨーロッパの空
湿度が高いインドの空
暑いばかりで青くないエジプトの空
緯度の高いドイツの空
青空は様々です。

で、風景画家である我々はこの美しさに魅了され、悩まされるわけです。

というわけで、くやし紛れに蘊蓄を一言。

突然ですが、青空の原理を発見した人はノーベル賞を貰っているって知ってますか?
イギリス人のレイリー卿ジョン・ウイリアム・ストラット(1982~1919)といって1904年にノーベル物理学賞を貰っているんです。

「レイリー散乱」というレイリーさんの理論によって青空が青いことが説明出来るんです。
考えてみると青空ってなぜ?あんなに「空いっぱいに」「ほぼ均一に」「青く」「輝いて」見えるのでしょうか?

説明の前にちょっと事前準備の説明をします。
まず、室内の光と屋外の光の説明です。室内の光は平行光線に近い光もあれば、間接照明みたいなものもあります。光源も複数になることが多いです。
だからこの話は置いといて、屋外の話にします。屋外では話はシンプルで光源は太陽だけです(むろん、風景のなかにはこれ以外にも若干の光源があります。たとえば、街路灯などの人口の光源、花火、焚火など燃焼系の光源、夜空に輝く恒星、蛍の光等の生物が発色するもの、ウランなどが臨界に達すると光など、モチーフになる機会も少ない光です。)

太陽光線は平行光線です。おおまか、平行光線である太陽光線が物に当たり乱反射したものが「光と影」の光にあたります。ものに遮られて光が届かないところが「光と影」の影にあたります。

でも、その話も置いといて、青空の話です。
太陽を発した光(虹は七色というように太陽光線は多くの光が含まれていて結果的に白い光に見える。)は地球に到達し空気の層に至ります。
ここでレイリー散乱が起こります。
光が空気の分子に当たります。すると、分子は当たった光と同じ周波数の光を放出します。このとき放出する光の方向はまちまちなので青空はあんなに「空いっぱいに」「ほぼ均一に」「青く」「輝いて」見えるのです。

では?なぜ?青だけ散乱するの?ということになります。これは青の周波数は細かく、細かい分子レベルの粒子との相性が良くて青だけが散乱するのだそうです。

粒子が大きくなると全部の光が散乱します。これをミー散乱といいます。大きな粒子とは水滴などをさすようです。
太陽光線は雲の水滴に当たりミ-散乱を起こします。
これが白い雲の正体です。
雲は我々が想像するよりも白く輝いているのです。
先ほど説明した「光と影」とはちょっと違います。雲を評して「綿のような雲」という表現がありますが、もし、本当に綿が浮いていたら「光と影」で、もっと真っ黒に見えることでしょう。

さらに、青空の地平線に近い部分が白っぽく見えるのは、地平に近くなると、浮遊する粒子のサイズが大きくなるからミー散乱が起きる、のでしょう。
だから、埃っぽい都会の青空は白っぽい部分が幅広く見えます。
さらに、雪の翌日などはおそらく空気中の塵などを雪が掃除してくれるのでしょう、地平線まで真っ青にみえます。

もし、「レイリー散乱」がなかったら?どうなるのでしょうか?
宇宙空間みたいになります。
宇宙遊泳の写真などみると、空は真っ黒です。(ただし、宇宙服そのものは太陽光線を浴びてギラギラ光っています。)

このように考えると青空だけでなく「光の振る舞い」の謎と興味は深まるばかりです。
たとえば、
海が青いのはなぜ?(海中ではレイリー散乱が起きません。)
午後の光が黄色いのはなぜ?
夕焼けが赤いのはなぜ?(夕日はあんまり赤くなく、黄色く見えます。)
空気遠近法で言う「遠くは青く見える」のはなぜ?
夏の海は黒く見えるのはなぜ?
「光の三原色」と「絵の具の三原色」が違うのはなぜ?
秋の空が高いのはなぜ?

ね、「光の振る舞い」の謎と興味は深まるばかりでしょ。
というわけで今日もスケッチブック片手に謎ときの旅にでることにしましょう。
では、皆さんごきげんよう。


2016/03/18